TOHO Today - 教員ブログ -

2023年度 高校入学式

TOHO Today行事高校

4月8日(土)に高校入学式が行わ、80期高校1年生の335名が入学しました。
入学式での「校長の言葉」を紹介いたします。

「高校入学式 校長の言葉」

ここ国立も、春を彩るさまざまな花が咲き誇り、木々も柔らかに緑をまとう、まさに「春爛漫」といった言葉がぴったりの、美しく、色あざやかな景観となっています。生命の輝きに充ちた本日、新入生の保護者の方々にご臨席を賜り、桐朋高等学校の入学式を挙行できますことを、大変嬉しく、ありがたく感じております。
新入生のみなさん、入学おめでとう。高校生としての第一歩を踏み出しました。今、どんな気持ちですか。少し大人びた気分を楽しみながら、晴れやかさ、誇らしさを感じている諸君が多いことと思います。
保護者の皆様方、ご子息の桐朋高等学校へのご入学、誠におめでとうございます。ご子息の健やかなるご成長に寄与すべく、第80期高一学年の教員ともども、精一杯取り組んでまいります。何とぞ、私たちの桐朋教育に温かいご理解とご支援を賜りますよう、心よりお願いを申し上げます。
さて、新入生の皆さん。昨今、広く共感を集めている次の言葉、ご存知ですか。「自立とは依存先を増やすこと」。この言葉は、東京大学先端科学技術研究センター准教授で、小児科医の熊谷晋一郎さんが語ったものです。
熊谷さんは脳性まひによる障害のため、幼い時から車いすの生活を続けています。熊谷さん、東日本大震災でこんな体験をします。
「あの日、私は5階の研究室から逃げ遅れました。エレベーターが止まってしまったからです。他の人は階段やハシゴなど別の『依存先』を使って避難できるが、私は違いました。これが『障害』ということなのかと思いました。そこから、ある考えを持つようになりました。それは、依存先の数の多さと、一つの依存先への依存度の深さとは、反比例の関係にあるということです。依存先が多ければ、依存先から支配されなくなる、と気づかされたのです。
つまり、人間の『自立』とは依存しないこと(in-dependence)ではなく、独占されることなく依存先を多く持つこと(multi-dependence)だ、と」
新入生のみなさん。高校という時期は、まさに自立に向け、自分を高めていく時期です。その際、熊谷先生の言葉は大きなヒントになるように思います。「依存先に支配されぬよう、数多くの依存先を持つ」、表現を改めれば、「自分の可能性を広げるべく、さまざまなつながりを持っていること」。
みなさん、こんなプロジェクト、ご存知ですか。「注文をまちがえる料理店」。「注文を取るホールスタッフが、みんな“認知症”であるレストラン」
仕掛けたのは、小国士朗さん。小国さんはNHKの番組ディレクターとして、「プロフェッショナル 仕事の流儀」、「クローズアップ現代」などの番組を手がけていたのですが、病気を患い、それを機に、NHKのコンテンツをプロモーションする仕事に移り、その後、独立しています。
「注文をまちがえる料理店」というプロジェクト、小国さんの、とある体験がきっかけとなり、スタートしました。「プロフェッショナル」の番組ディレクターとして、小国さんが取材していたのが、認知症介護のプロフェッショナルである、介護福祉士、和田行男さん。介護における和田さんのモットーは次のようなものです。「介護って、その人が生きていくために、その人の持っている力を引き出していくことだと思うのです。人は、誰もが自分の持っている力で生きていく。認知症を患うと、持っている力を自分だけでは使いこなせなくなるので、使えるように応援していくのが僕の仕事。一生懸命生きようとしている人たちがちゃんと応援してもらえる。このことがとても大切だし、そんな社会を作りたいと思い、30年間やってきました」
和田さんのグループホームで生活する認知症の方々は、買い物も料理も掃除も洗濯も、自分ができることはすべて自分でやっています。
取材の際、小国さん、グループホームで生活するおじいさん、おばあさんが作る料理を何度かごちそうになっていたのですが、その日の食事は強烈な違和感とともに始まったのだそうです。というのも、小国さんが聞いていた献立はハンバーグ。でも、食卓に並んでいるのは、どう見ても餃子。ひき肉しか合っていません。小国さん、「あれ、今日はハンバーグでしたよね?」、この言葉がのど元までこみ上げます。でも、踏みとどまります。「これ、間違いですよね?」の一言で、和田さんたちと、おじいさん、おばあさんとで築いている、この“当たり前”の暮らしが台無しになってしまう、そう感じた小国さん。こう考えを改めます。「ハンバーグが餃子になったって、別にいい。誰も困らない。おいしけりゃ、なんだっていいんです。それなのに、『こうじゃなきゃ、いけない』という“鋳型”に認知症の方をはめ込もうとする。そうすると、どんどん介護の現場は窮屈になってしまう。介護の世界を変えようと、日々闘っているプロフェッショナル。その方を取材したいと思い、この場にいる僕が、ハンバーグが餃子になっただけのことに、なんでこだわっているんだ、と思い知り、ものすごく恥ずかしくなったのです。そして、この瞬間、『注文をまちがえる料理店』というワードが浮かんだのです。」
小国さん、こんなことを、話しています。
「僕はこれまで数多くの社会課題を取材してきましたが、その中で、一つ思っていたことがあります。それは、『社会課題は、社会受容の問題であることが多い』ということ。
社会課題解決のためには、もちろん、法律や制度を変えることが重要です。
でも、僕たちがほんのちょっと寛容であるだけで、解決する問題もたくさんあるんじゃないかなぁと思っていました。『注文をまちがえる料理店』も同じ発想です。
当たり前ですが、この料理店によって認知症のさまざまな問題が解決するわけではありません。
でも、間違えることを受け入れて、間違えることを一緒に楽しむ。そんな新しい価値観を、この料理店から発信できたら。そう思ったら、なんだか、無性にワクワクしてきたんです」
小国さん、「注文をまちがえる料理店」実現に向け、走り出します。まずは仲間集め。「注文をまちがえる料理店」の企画を伝えると、わずか2か月あまりで、デザインや外食サービス、そして、認知症介護の和田さんなど、各分野の最高のプロフェッショナルが集まり、実行委員会が発足。
プロフェッショナルとともに決めた店のコンセプトは、次の2つです。
1つ目が、「料理店として、ご来店いただいた方が十分満足できるよう、味にこだわること」。
そして、もう1つが、「間違えることが目的ではない。だから、わざと間違えるような仕掛けはしない」。
この、2つです。
1つ目について、小国さん、こんな理由を挙げています。「僕たちの中に、『福祉として“いいこと”をやっている』という意識が出てくると、甘えが生じる可能性があります。『どの料理が出てきてもおいしい』。これが担保されて初めて、間違えられても笑って許せる、そんな雰囲気が生まれるのでは、と思いました」
2つ目については、こんなことを語っています。「間違えるような仕掛けをしないかどうか、本当に悩みました。お客さんは『間違え』を期待して、このレストランにいらっしゃるのでは、と思ったのです。でも、認知症の方がわざと間違えるよう設計するのは、本末転倒な気がしました。ホールスタッフをする認知症の方は、『間違えていい』と言われてはいるのですが、だからといって、間違えたくはないのです。『きちんとやりたい。間違えたら、恥ずかしい』と思う気持ちは変わりません。間違えないように最善の対応を取りながら、それでも、間違えちゃったら許してね、こういう設計にしようと、メンバーの考えが一致しました」
この「注文をまちがえる料理店」。いざ実施すると、大変な反響を呼びました。国内のメディアだけでなく、150ヶ国あまりで話題となり、国内外で数多くの賞を受賞します。
大きな反響を呼んだ理由について、小国さん、こう語っています。
「注文を取るのかなと思ったら、昔話に花を咲かせてしまうおばあさん。お客さんもそのまま和やかに談笑している。間違った料理が出てきても、お客さん同士で融通し合い、苛立ったり、怒ったりする人は誰もいません。あちこちでたくさんのコミュニケーションが生まれ、間違えていたはずのことがふんわり解決していく。
忘れちゃったけど、間違えちゃったけど、まぁ、いいか。そう言えるだけで、そう言ってもらうだけで、その場の空気が優しいものに変わる。この優しい空気感が世界中の人々を惹きつけたのかもしれません」
小国さん、こんなことも話していました。
「『注文をまちがえる料理店』では、『寛容』ということをキーワードに掲げてきました。
でも、寛容という言葉、『許して受け入れる』という意味で、ちょっと、上から目線の言葉なんです。だから、ぼくは少し違和感を持っていました。
だからこそ、料理店の様子を見ていたスタッフが発した『自然だなぁ』という言葉がとてもしっくりきたのです。認知症を抱えるホールスタッフは、誰に言われるでもなく、コップに水がなくなれば、すっと注ぎにいき、床にごみが落ちていれば、ホウキでさっと掃いていました。
お客さんも、さほど間違いを期待してはいませんでした。それより、認知症を抱えるホールスタッフとの会話や交流を楽しめて良かったという人がとても多かったのです。
もう1つ気づいたことがあります。認知症の方を見つめるお客さんの視線が、こちらが不思議に思うほど、キラキラとしていたこと。
どうして『キラキラ』が生まれるのか。その答えは、ホールスタッフの認知症のみなさんが堂々と自信をもって働いていたからだと思います。
『注文をまちがえる料理店』は、間違いがあってもなくても、認知症があってもなくても、その場にいることをみんなで楽しめる空間になっていると感じました」
認知症の方々にとっての「自立」。それは、〝鋳型〟に嵌められるのではなく、自分ができることは自分で行い、それとともに、グループホームのスタッフにしっかりと見守られ、必要な時は依存できること。「注文をまちがえる料理店」においても、「間違えることを受け入れて、間違えることを一緒に楽しむ」という環境の力で、その場にいるすべての人々と良い関係が築けています。
小国さんにとっての「自立」。「注文をまちがえる料理店」というアイディアも、小国さんが生み出したというより、グループホームで自らを恥じた体験によってひらめいたものですし、「注文をまちがえる料理店」も、各分野の最高のプロフェッショナルの助けで、さらに、お客さん、そして何より、認知症の方々によって実現できたもの。自らの可能性を高めるべく、多くのつながりを持てていたからこそと言えます。
新入生のみなさん。小国さん、実は本校の卒業生です。小国さんの、周囲との関わり方、社会課題に対する取り組み方、その一つ一つに、他者を尊重する、ともに過ごす場を大切にする姿勢が強く感じられます。
桐朋生の特徴の一つに、「個性の輝き」があります。一人ひとりが探究心を発揮し、自分の世界を形作っていく。そのバイタリティとユニークさにしばしば感心させられます。
そして、それを支えているのが、お互いを尊重し、認め合う姿勢です。お互いの関係性があるからこそ、自然体で過ごせるし、自分に自信が持てる。だからこそ、個性は輝くのだと思います。
新入生のみなさん。改めまして、入学おめでとう。
80期のみなさん一人ひとりの「自立」。そして、みなさん同士の関わりを通して、一人ひとりの「個性」がどんな輝きを見せるのか。大いに期待していますし、楽しみにしています。
高校の3年間を、一緒に実り豊かなものにしていきましょう。