TOHO Today - 教員ブログ -

2025年度 中学入学式が挙行されました。

TOHO Today中学

さる4月8日(火)に中学入学式が行われ、85期中学1年生の268名が入学しました。

在校生からの歓迎の言葉、新入生からは入学の言葉が述べられ、歓迎演奏も披露されました。

入学式の後、クラス毎に集合写真を撮影しました。

以下に、原口校長から新入生に向け送られた「校長の言葉」をご紹介いたします。

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ここ国立も桜をはじめ、春を彩るさまざまな花が咲き誇り、木々も柔らかに緑をまとう、まさに春爛漫といったことばがぴったりの美しく、色あざやかな景観となっています。生命の輝きに充ちた本日、新入生の保護者の方々にご臨席を賜り、桐朋中学校の入学式を挙行できますことを大変嬉しく、有り難く感じております。

新入生のみなさん、入学おめでとう。中学生としての第一歩を踏み出しました。今、どんな気持ちですか。緊張とともに、晴れやかさ、誇らしさを感じている諸君が多いことと思います。

保護者の皆様方、ご子息の桐朋中学校へのご入学、誠におめでとうございます。ご子息の健やかなるご成長に寄与すべく、第85期中一学年の教員ともども、精一杯取り組んでまいります。何とぞ私たちの桐朋教育に温かいご理解とご支援を賜りますよう、高いところからではございますが、心よりお願いを申し上げます。

さて、新入生の皆さん。今年5月に、卒寿、90歳を記念したコンサートを行うピアニスト、舘野泉さん。90歳というご高齢でコンサートを開くというのも驚きですが、舘野さんにはもう一つ、驚きの点があります。「左手のピアニスト」と呼ばれ、左手だけで演奏し、音楽の可能性を拡げているのです。

それというのも、脳出血を発症し右半身にマヒが生じたから。コンサートの最後の曲、残り2分のタイミングで右手が徐々に動かなくなる中、何とか左手だけで弾き終え、聴衆にお辞儀をしたところで倒れ、救急車に。一命は取り留めましたが、右手は動きませんでした。

ピアノを弾く際、右手は主にメロディーを担当することが多く、左手だけで演奏するのは、舘野さんの音楽の作り方自体が大きく変わることを意味します。ピアニストとして、世界で高く評価されていた舘野さんが65歳という年齢で、左手だけの演奏を余儀なくされる。

そんな舘野さんのことをぼくが知ったのは、ある本で取り上げられていたから。世界や人の原理、根本的な法則を研究している哲学者、鷲田清一さんの本です。

舘野さんの復帰リサイタルに足を運んだ時のことを、鷲田さんはこう書いています。

「正直言えば、初めはおそるおそる凝視していた。指さばき、ペダルを踏む足先の動き句、右手の位置、そして、表情を、である。単音が打ち鳴らされ、厚いその音色に引き込まれそうになりながら、それでもまだ訝っていた。ひきつるような指の苦悶が、その面持ちにふとよぎるのではないか、低音から高音まで一気に旋律を走るなかわずかに音の隙間ができるのではないか、その音の隙間を、聴いている私が想像力で繋いでいるのではないか」

鷲田さん、左手だけの演奏の素晴らしさが信じられません。でも、こう続けます。

「そんな生意気は数分でぶっ飛ばされた。鉄線のような緊張感が漂っているのに、どこかおおらかな、まろみのある音。膨らみのある音色。幻の右手が連弾しているとしか思えない。緩急のきいたどっしりした曲想。ときにその枝葉が涼風にそよぐような心地よさである」

鷲田さん、この復活劇に大いに驚き、感激して、こう語ります。

「再び弾こうと気を立て直すまでの悔しさと悲しみは、想像を絶する。(中略)左から新たな楽音を紡ぎ出すその仕方を手に入れるまで、いったいどれほど長いトンネルをくぐったことだろう」

ぼくはこの文章に感銘を受け、舘野さんのことをもっと知りたいと思い、さまざま調べてみました。舘野さん、病で倒れた後、こんなことを話しています。「リハビリって、おもしろいな」。通常、ケガや病気でするリハビリって、辛く、苦しいもの。体を動かす苦しさに加え、以前はできていたことが、できなくなっている現実を痛感させられるのですから。でも、舘野さん、こう語ります。

「全身を動かす、手先を細かく使う、文章を作って話すといったさまざまな課題が、それぞれの専門家から与えられます。それがとても新鮮で、何かが目を覚ます感覚が嬉しかったんです」

驚くほど前向きに現実を受け入れ、自分の変化や成長を楽しむ舘野さん。左手だけの演奏についても、こう語っています。

「片手で演奏して不自由だと思ったことは、一度もありません。自分に与えられた条件の中で、最善を尽くすのみです。すると、普通では考えられないようなことも起きる。実におもしろい世界だなって思います」

できていたことより、できていくことに目を向けられる舘野さん。本当にすごい方です。こんなことも、 話しています。

「よく、両手と比べ片手は、実際の音が半分になって易しいと考える人がいるが、そうではありません。音楽のボリュームも、難しさも変わりないんです。逆に、両手で分担して弾いたら楽かというと、これも違うんです。大事なのは、こうやったら音楽がもっといいものになると、常に考え続けること。1本の手だろうが、2本だろうが変わりません」

さらに舘野さん、こんな境地にも達しているとのこと。

「もし神様に、両手で弾けるようにしてあげようと言われても、断りますね。僕は左手で楽しんでやってますから」

少年のように笑って、こう話したのだそうです。

新入生の皆さん。桐朋中学校が大切にしていることは、自主的態度を養うことです。自主的とは、どんなことだと思いますか。自分の意思で、自分の力で取り組むことを意味します。舘野さんは与えられた環境で、自分のできることに精一杯取り組み、その喜び、おもしろさを追い求め、その範囲をどんどん拡げています。舘野さんの信じられないほどの逞しさは、常識にとらわれたり、これまでの自分にすがったりせず、今の自分を大切にしながら、自分の意思、自分の判断で取り組んでいるからだと感じます。

医学の世界で次の目標を立て、実現に向け取り組んでいる方がいます。「ひとの可能性を再生する。もっと自由で、もっと笑顔が見える世界へ」

この方、眼科のお医者さんであり、さらに、再生医療、病気やケガで損なわれた体の働きをよみがえらせる研究に力を注ぐ羽藤晋さん。

羽藤さん、大学病院で角膜という、目の黒目に当たる部分の病気を専門とするお医者さんをしています。角膜は目の最も外側にあり、物を見る際ピントを調節し、さらには、外からやって来る細菌から目を守るなど、大切な役割を果たしていて、病気で角膜の働きが落ちてしまうと、失明の危険もあります。その際の治療法が、角膜移植。健康な人がお亡くなりになった際、その方の角膜を手術で病気の人の目に移し変える治療が行われています。

ただし、移植できる角膜は、自分の目を提供していいと登録したケースに限られるので、世界で手術を待っている人が1千万人以上いる中、実施できた手術は1年間に18万件と、大きな開きがあります。羽藤さん、この現状と向き合い、こう考えます。「移植できる角膜を、最新の医療技術で作り出せないだろうか」。

きっかけとなったのがiPS細胞。iPS細胞を用いて、安全かつ効率的に角膜細胞を生み出す技術を開発しようと、精力的に取り組み始めます。羽藤さん、こう語っています。

「科学の研究は100回実験して、成功の可能性を1%見いだせるかどうかという、地道で、厳しい世界です。それでも、前進できた手応えがあると、何としてでもやり遂げるんだと、

自分を信じ続けることができます。もう一つ、自分のエネルギーになっていることがあります。人間にとって目の病気は、幸せな人生に大きく関わる重大な問題です。新たな治療技術で、世界中の人々の幸せに貢献したいという使命感が、大きな原動力となっています」

羽藤さん、7年ほどかけ、安全かつ効率的に細胞を生み出す方法を発見し、日本はもちろん、世界から大きな期待を寄せられています。

羽藤さん、こうも話します。

「自分たちが開発した再生医療技術を、今後はガンなど、目以外の病気にも役立たせていきたい。最近、自分たちのミッションを、目に関することから、『ひとの可能性を再生する』にアップグレードしました。病気を克服し、できる可能性が広がっていく世界を、再生医療で創っていきたいと思っています」

羽藤さん、直面していた社会課題に自ら挑み、自分が掲げる理想に向け医療の世界で新たな可能性を切り拓いています。実は羽藤さん、本校の卒業生です。

もう一つ。桐朋中学校は、自主的態度を養うことに加え、他人を敬愛する、勤労を愛好することを教育の実践目標に掲げ、周りの人に敬意を払い、積極的に関わろうとする行動力を持つことを大切にしています。

舘野さん、どこへでも出かけて演奏することでも有名で、昨年はブータンに演奏旅行をしています。ブータン国内にはグランドピアノが2台しかなく、クラシック音楽を聴いたことがなく、生のピアノ演奏も初めてという子どもたちに演奏を届けました。舘野さん、こう話しています。

「会場の作りが演奏に向いてなくて音が響きにくく、ピアノも調律されていなかった。でも、だからこそ生の演奏を聴いてほしいと、やり甲斐感じます。どんな楽器でも1時間弾いていれば、だんだん自分の音になっていく。出会った楽器を好きにならなきゃいけないんです。ブータンでも、ありがたいことに心を開いて演奏を聴いてくださったので、観客のみなさんが音楽と一体になり、幸せになってゆくのが伝わってきました」

舘野さんのお人柄。誰に対しても、さらには、環境や楽器にも敬愛を持ち、できることに誠実に取り組み、音楽を届けようと力を尽くす姿勢、立派ですよね。

それは、羽藤さんの、困っている人を救いたい、みんなが幸せになるよう貢献したいという思いに重なるように思います。

新入生のみなさん、中学高校の6年間は、一人ひとりが大きく成長する変化の大きい時期です。そんな中、これまで慣れ親しんでいた環境とは大きく異なる状況や、これまでの自分とは違う自分に出くわすはずです。その際、目の前の環境を最大限に活かし、頑張りたい方へと歩みを進める逞しさ、やり甲斐を見つけ、チャレンジし続ける力強さを持ち、仲間や身を置く環境に敬愛の心で接し、みんなにとって満足できる中学校生活を創り上げるべく力を尽くす。こうした意識で、桐朋での日々を実りあるものにしていってくださいね。

ぼくたち教員もみなさんを全力で支え、応援し続けます。

新入生のみなさん、改めまして、入学おめでとう。中学校での生活を存分に楽しみ、充実した日々となるよう、お互い頑張りましょう。